辺野古沖転覆事故における言説の検証:猪股東吾氏の記事にみる矛盾
引用記事: 辺野古沖転覆事故 現場写真と疑問点の整理
辺野古沖での転覆事故を受け、現場で長年取材を続けてきた猪股東吾(旧大袈裟太郎)氏が公開した記事について、一見、内部からの自省を含んだレポートに見えますが、じっくり読んでみると取材者として不思議言説や矛盾が見える。
1. 「知らなかった」という弁明の不自然さ
猪股氏は記事の中で、「抗議に使われている船に修学旅行生を乗せていることは、私自身も知りませんでした」と述べています。しかし、この一文には大きな違和感があります。
- 10年間にわたる継続的運用: 事故に遭った高校をはじめ、複数の私立高校などが10年以上にわたり、ヘリ基地反対協を通じて辺野古での平和学習を行っていました。ボランティア船長が操縦する船(抗議船)に生徒を乗せ、海上から基地建設現場を見学させる活動は、現場の「恒例」となっていました。
- 取材者としての視点: 2016年から現地に拠点を置き、ジャーナリストとして活動してきた人物が、10年以上続くこの運用を「知らなかった」とするのは、取材力の欠如を露呈しているか、あるいは事実から目を逸らしていたかのいずれかと言わざるを得ません。
- 代替手段の不在: 猪股氏が「抗議船に乗せているとは知らなかった」と憤るならば、彼は他に「平和学習或いは遊覧用の一般船」が存在すると認識していたはずですが、船名を含めそのような具体的な情報は示されていません。
”小型の抗議船6隻が集まった”
とあるから他の団体も含めると抗議船は6隻以上ある可能性がある
朝日新聞「目の前で自然破壊つらい」 沖縄・辺野古、海上で抗議2022年4月25日
2. 「デマ」という断定の論理的破綻
猪股氏は、ネット上で広がる「反対運動に関わる人間は反省していない。追悼をしていない」という言説に対し、「まったくのデマであることを責任をもって明言しておく」と強く反論しています。しかし、この「デマ」という言葉の使い方は極めて主観的です。
- 主観と客観の混同: 「反省していない」という声は、事故直後の会見の振る舞いや、その後の早期の活動再開を見た国民による「感情的な評価(感想)」です。これを「デマ(虚偽の事実)」と断じるのは、言葉が強すぎます。
- メタ認知の矛盾: 猪股氏自身が「(会見の態度では)炎上するだろうと直感した」と述べていることは、世間が「反省していない」と受け取る正当な理由(無責任に見える態度など)があったことを認めているも同然です。
決定的な事実としての「早期活動再開」
猪股氏の「反省している」という擁護に対し、現場の事実は異なるメッセージを発信しています。
- 活動の早期再開: 重大な死亡事故の当事者側が、十分な喪に服す期間や安全検証の時間を置かずに抗議活動を再開させた事実は、客観的に見て「反省や追悼よりも運動の継続を優先している」という判断を補強するものです。
- 当事者の現場復帰: 転覆した「平和丸」の乗組員が、事故後の早い時期に抗議活動を再開していたと事実は世間から「反省していない」と思われてもしかたないのでは?
猪股氏の記事は、一見すると公平な立場を装っていますが、その実は「10年も見ていて知らなかった」という不自然な弁明と、客観的事実に基づく批判を「デマ」と断じる強弁によって構成されています。
重大な死亡事故を前に、求められるのは仲の良い取材対象者?が主導していた長年行われてきた運用の危うさに対する冷徹な検証です。
重大な死亡事故を前に、求められるのは仲の良い取材対象者?が主導していた長年行われてきた運用の危うさに対する冷徹な検証です。