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ハジチ(針突)について沖縄県民のおっさんが考えてみる ハジチ・ハズキ

2023年7月8日  2023年8月6日 

 昭和生まれ沖縄のおっさんです。

成人する頃まで、ハジチ(針突)をしている人を見たことが無かった、当然、親戚には誰もいなかった。
刺青と違い 常に露出している手なので見落とす事は無かっただろう。

ハジチを初めて見たのは、成人後になり親戚以外のお年寄りと接するようになった時です。
昭和から平成に移るころ、ハジチをしているのは 高齢の方だけで、現在ご存命なら軽く120歳を超えているかもしれない方々である。





今回 この記事を書いた理由の一つは

ハジチ(針突)に関する記事について疑問を持った

からで その記事は

彼女はなぜ、イレズミを焼いたのか? 沖縄女性がタトゥーを「汚い」と蔑まれた悲しい理由
https://www.buzzfeed.com/jp/ryosukekamba/hajichi

そこには このように書かれている
[1]
1899年にイレズミ禁止を含む違警罪の全法令が施行された。今年は「ハジチ禁止令」から120年の節目でもある。

「内地並みの法律をすぐに適用すると混乱が起こるからと、延び延びになっていましたが、この年にようやく施行された。実質的な同化政策ですね」
の部分と
[2]
山本さんが注目するのが、「ヤマトンチュ」(内地人)や「アメリカー」(米国人)など、外部の男に「連れていかれる」「妻にされる」という理由でハジチを入れた女性たちの存在だ。


という部分が特に気になったからです。


[1]の同化政策については後ほど書くとして、、

まずは

[2]の部分から、素人なりに考えてみたいと思っています。





「アメリカー」(米国人)など(略)「連れていかれる」

ご存じのように アメリカーが沖縄に常駐したのは 昭和20年沖縄戦争終結後である、

同じ記事に
専門の施術師は次々に廃業。子どもが友人同士で指にごく小さなハジチを突き合う「ハジチアソビ」と呼ばれる風習が、かろうじて昭和初期まで命脈を保っていたと言われる。
とある、一つの記事に矛盾する記載がある。
昭和初期に廃れた風習が昭和20年以降復活したというのだろうか?
一時復活して再度衰退したのであれば、米国統治下の琉球政府で入れ墨禁止の法はないので、衰退した理由はなんなんだろう?(単なる反米思想でつい口が滑ったのかも?)

これに気が付かない 
山本芳美教授 や神庭亮介 氏及びBuzzFeed Japan編集者のレベルの低さが伺える。


ハジチ(針突)衰退の理由


ハジチ(針突)衰退の主因は 入れ墨禁止令

ハジチ(針突)の衰退の理由は 入れ墨禁止令であろう、私も同意します。
記事に

それ以前から野蛮な習俗としてハジチを忌む風潮は広がりつつあり、なかには教師に迫られ塩酸でハジチを焼いた女生徒もいた。

さらに禁止令が決定打となり、タブー意識は抜きがたいものになっていく。ハジチを理由に結婚が破談になったり、移住先の国の日本人社会で非難の対象となり、送還されたりした人もいたという。

「人間としてあるのが当たり前だったハジチが、恥ずかしいもの、隠さなければいけないもの、遅れた社会の遺物のようになってしまった。外的な圧力もあったし、沖縄の人たち自身が内側から『風俗改良運動』を推進し、変えていこうとした面もありました」 

上記のように ハジチ(針突)衰退の主因は法律で禁止された事であろうが、それを推進したのは、沖縄県民の風俗改良運動である。
県民自ら ハジチを無くしたかったという事である。

ハジチと同様に法で禁止された いわゆる刺青は、脈々と現在に続いている(一時期ブームになった事も?←  ブームは言いすぎかもしれない)
日本全体の『風俗改良運動』が弱かったということなんだろう


おまけ的補足

移住先の国の日本人社会で非難の対象となり、送還されたりした人もいたという。

これも正しい表現とは言えないかもしれない

ハジチを非難したのは沖縄県人である

大正5年 比国にハジチをした沖縄女性が移民してきたが、
当地の県人会が彼女をハジチを理由に追い返した(要約)

引用:小野友道 南嶋の女のいれずみ : 針突




沖縄県人は日本人だが、、、この表現は、色々な憶測を呼ぶよ
大丈夫か?山本芳美教授







ハジチ(針突)の衰退は同化政策のせい

全国一律の法を適用する事が 同化政策というなら 同化政策としても良いだろう。
その同化政策の影響でハジチが衰退した事は 大筋で正解だと思います。

それでは、沖縄だけ

・選挙を行わず琉球士族が支配し 人頭税など過重な納税義務を課し
・教育を受けられるのは士族や数少ない豪商の子弟のみ
・士族であろうと女子に教育せず
・農民は土地の所有を認めず(地割制)。移動も制限される
ことが良かったのだろうか??

沖縄学の父 伊波普猷の言う「琉球処分は奴隷解放」を皆さんはどう感じるだろうか?

沖縄を対象にした人文・社会科学分野の史的研究で業績を挙げた研究者に贈る「東恩納寛惇賞」というものがある。
その 東恩納寛惇氏は  伊波普猷氏を「彼ほど沖縄を識った人はいない 彼ほど沖縄を愛した人はいない 彼ほど沖縄を憂えた人はいない 彼は識ったが為に愛し愛したために憂えた 彼は学者であり愛郷者であり予言者でもあった」と浦添城跡の顕彰碑に刻んだ。

もう一度、聞きたい
「琉球処分は奴隷解放」を 皆さんはどう思うのだろうか?

同化 と皇民化とは何か?

琉球処分や同化政策により、
士族は 特権的地位や名誉を失ったのだろうが、大多数の琉球・沖縄の農民や庶民にとっては、 伊波普猷氏の言う開放であった。


琉球処分後に行われた、同化(≒皇民化?)というのは、実は 欧米化だと考えられる

欧米のように 武士はちょんまげを捨て、刀を捨て 散切り頭で洋服を着たのである。
国の為に、選挙し議会を開き多数決で法を定めた。

当時の 官僚は「欧米では~」のゴリゴリの出羽守

欧米の真似をすれば、、
欧米を学び改善すれば、、
日本は良い国になると思った 政治家や官僚は、今でいう グローバリスト又は出羽守であると言える
現在でも グローバリストや出羽守 が色々と
「欧州では~」「北欧では~」「米国では~」と騒ぎ立てている

急速な欧米化で日本各地の特色を考えたきめ細かい政策を行えなかった
しかし、仮に地域特性を生かした行政を行ったにしても、

グローバリストや出羽守の政治家や官僚は
入れ墨は当時の欧米では悪であるので 入れ墨やハジチは改善されるべき風俗であり法で規制されるべきと考えていただろう !
そう考えても何の矛盾もない。

そうなると ハジチを衰退させた主因は、いまで言うグローバリストの出羽守であると言える

現在の日本で何かが廃れたり大きく変わったとしても、50年後100年後 彼らの仲間は責任をとらないだろう。



そろそろ結論

ハジチ(針突)の衰退の原因を皆さんは、どう考えるのだろうか?

私個人的意見としては
・入れ墨禁止令
・県民の意思
もう少し深く言えば  欧米崇拝の出羽守(政治家や官僚など)

ですね
まぁ ど素人の個人的な感想です。
適当に聞き流してください。
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